げんきかいの足跡

目次

村田誠宏初代会長

村田誠宏初代会長

「げんきかい」 沿革

「げんきかい」(NPO)は平成15年(西暦2003年)2月11日、市が尾駅東口側のビル(地下階)で呱々の声を上げた。

高齢化が進む中「私は一人ぼっちではない」との思いと「今日もげんきかい」と気軽に声をかけ合える場所の提供が創設者・村田誠宏(初代会長)の設立の趣旨であった。

当初のおもな講座は書道、謡曲、古典、などで文章教室は作家でもあった村田会長自らが指導した。

設立約半年後の9月、「げんきかい」は市が尾駅西口側(現在地の地下階)へ移転する。

健康に良いとの理由で麻雀教室を開設したのはこの時期で、僅か2卓でのスタートであった。

会は当初、会員制(約15人)であったが、地域住民との交流拡大の観点から食事会を開催したり講座数(絵画、気功、編物、etc)や麻雀卓数を増やすなどの方針の中、会員制も廃止された。特に麻雀は老化防止に効用があるとのTV報道が卓数増加を後押しした。

また青葉区社会福祉協議会開催の各種イベント(バザーなど)への参加、ハイキング開催などの活動を積極的に行ってきた。

平成18年(西暦2006年)7月、村田初代会長逝去のあとをうけ村田慶子(夫人)が会長を引き継ぐ。

また平成23年(西暦2011年)7月には従来ビルの1階へ移転し現在に至る。

創立十周年と村田初代会長を讃える記念会

平成24年(西暦2012年)7月、会設立10周年を記念して現行の各7講座の関係者(約40名)が集まった。

創立10周年と新教室1周年及び前会長を讃える会へのご案内(呼び掛け文)

げんきかい十周年パーティ(記事)

タウンニュース青葉区版/No.900 2012年(平成24年)7月26日(木)号

村田慶子現会長(記事)

タウンニュース青葉区版/No.900 2012年(平成24年)7月26日(木)号

 

げんきかい紹介チラシ

げんきかい物語

草創期

”げんきかい”は平成15(西暦2003年)年2月、村田誠宏初代会長の呼び掛けにより、その趣旨に賛同した4名によりスタートした。

そして、社会的認知を得るため、[横浜市市民活動支援センター登録No.青2-076] とボランティア団体として登録した。

最初は謡曲、文章教室の講座を開設したが、文章教室を担当した村田誠宏会長は教室前で通りすがりの人達に、”げんきかい”のことを語りかけ、また教室の参加者に”げんきかい”の趣旨を説明して、入会を誘った。その結果やがて会員は15名ほどになった。

更に、財政基盤確立のため、市の高齢者福祉事業団体になるべく、”げんきかい”の法人化を検討する。

しかし、法人化の申請には多量の書類が必要なほか、仮に法人化でき市の福祉事業団体に認定された後も、日常的に膨大な事務処理が必要で、また活動場所もレンタルルーム幸房では狭小で、広い場所を探す必要があった。

また、市の福祉事業団体として認可され、一定の助成金が交付されたとしても、会の運営に関し、行政の指導を受けなければならず、誠宏会長が推し進めていこうとする趣旨の実現に何らかの制約となるのではないかということも懸念された。

誠宏会長は、これらを総合的に判断、法人化を断念し、任意団体として活動していくことにする。

会員の中には、市の助成を受けることにより、給与の支払い、あるいは報酬を期待したものがあったかもしれない。

ボランティア団体として、活動していくには先立つものとして資金が必要で、当初は誠宏会長他3名で数万円ずつ出して賄った。軌”道に乗ってからは、会員は毎月3,000円を会費として拠出して運営資金に充てた。その他毎月1回の定例会(食事会を兼ねる)には参加費として1,000円を負担した。

会員は各種のボランンテァ活動を分担して行ったが、交通費その他活動に係る費用はすべて個人持ちであった。

教室の開け閉め、湯茶の当番がきめられたが、その合鍵作成代も個人持ちであった。

いくつかの講座(書道、謡曲、古典,絵画、気功、編物など)が開設され、各講座には会員の他に、一般の方も参加されたが、その参加者からは参加1回につき参加費として300円をいただいた。

試練期

会員の中には現役の人もいて、金はだすが、労力は出せないという人もいた。そして金を出しているのだからと運営に口だけををはさんでくる人もでてくる。

会の活動は、毎月の定例会などのほか、地域住民との交流拡大の関連から食事、懇親など飲み食いに盛り上がることも多く、羽目を外すものも出てきた。

またそいう人たちは、食事会を飲食店でやっていると勘違いしてか、後片付けに手をかさない不心得者もいて、いつも誠宏会長自らが先に立って後片付けをしていた。

講座は、当初月・水・土の1時からの開講であったがやがて午前中も行うようになっていく。

麻雀は夜の部で、夕方からやっていた。初めは2卓であったが、麻雀は老化防止にもよい、ということで4卓に増え、16年の秋ころから時間帯も午後1時から19時までやるようになった。

しかし、麻雀がまだ社会的地位を獲得していない時期で、昼間から麻雀をするとは何事ぞ、これでは雀荘でなないかとの声もきかれるようになる。

誠宏会長は、高齢化社会を迎え、定年後の行く先を求める人たちは増えるはずだと考えその受け皿の場を提供するのは、”げんきかい”としての貢献の1つと考えた。

一方、[賭けない・吸わない・飲まない]の健康麻雀は、それまで持たれていた麻雀のイメージを変えつつあった。

こうした中で、麻雀は参加費収入の中で徐々にウエイトを高めていく。

設立1年余を過ぎたころ会の設立趣旨にそわない一部会員の行動などについて誠宏代表から指摘があり、当該会員を除名する一方、この機をとらえ一旦解散し良識ある人心の一新を図ることになった。

こうした中で、これからの進む方向に関して、会はやがて会長の設立趣旨とは違った方向に進みだし、会長と会員との間に亀裂を生んでいく。

やがてその亀裂は抜き差しならぬものとなり、自分たちの思う”げんきかい”にしようと行動に走る人たちがでてくるが、やがてその人たちは、”げんきかい”を去り、自分たちの新しい会を作っていくことになる。

誠宏会長はこのとき、各会員から拠出してもらった金のうち残っていたものを、”げんきかい”を去る人達には清算し、戻した。

再出発

誠宏会長はこのことを教訓に、会員制をとることを止め、設立の理念を堅持するとともに、財政についての責任を会長に一元化し立て直しを図ることにい踏み切る。そして、各講座への参加費収入を柱に据えることとした。

新しく出発しなおした”げんきかい”は、当面の資金に充てるため、役員5名は各1万円を出し、村田会長夫妻、松山、岩間の4名が毎月2,000円の会費を拠出しはじめた。(後年、会の財政が軌道に乗ったところで戻された)

そうした中で、貸し会議室のオーナーから、借室料の値上げ要請があり、それに対応するため、各講座の参加費を300円から500円に値上げせざるを得なくなった。

参加費は定年後のサラリーマンの出せる金額として、1回300円にとどめるのが会長の考えで、借室料の値上げにより500円に値上げする際も、500円が限度で、それ以上には絶対してはならないとというのが遺言にもなっている。

会長を引き継ぐ

平成18年(西暦2006年)7月誠宏初代会長逝去を受け、慶子夫人が会長を引き継ぐ。

青葉区社会福祉協議会開催の各種イベントにも積極的に参加、”げんきかい”の広報活動にも精を出す。

女性スタッフは当初麻雀はまったく知らず、麻雀は男の人がやるものとして湯茶の準備、後片付けに駆けずり回っていた。

ところが、”門前の小僧習わぬ経を読み”の言葉通り、やがて麻雀を自然と覚えていく。そしてその面白さ、楽しさを知ることになる。

この面白さ、楽しさを、定年を迎え夫の世話から解放された世の熟女たちにも教えてあげようと、平成20年8月には、初心者麻雀教室を開設し、年取ってから麻雀を覚えようとする人たちに、その場を提供した。

青葉区に”あおばみん”というインターネットの情報広場があり、そこへ”初心者麻雀教室を開いている”との電子チラシを載せたところ、2000人を超える人たちが覗きにきてくれている。高齢者社会の到来とともに、健康麻雀が社会地位を獲得していることを感じる。

一大決心

平成23年(西暦2011年)に入り、オーナーから12時開始前に大勢がたむろするのは困るので、止めるか応じられない場合は他所を探してほしいとの話しがあった。

前回の値上げのときは、300円から500円への参加費増額で切り抜けたが、今回の要請に応じるには、500円以上にはしてはダメだという前会長の遺言とでもいうべきものがあり、新会長としては進退きわまる。

別の場所への移転も視野に、いろいろ検討してる中で、たまたま、同じビルの1階に空き室がでたとの情報がはいった。ただし、全日借り切りの条件であった。

しかし今までは週3日であったが今度は全日借り切りとなるので、家賃も高額となり、果たして会の財政が成り立つのか、どうかが問題であった。

慶子会長は、ボランティアスタッフの協力を得て、週6日開講にふみきることでこの危機を乗り越えようと決意し、平成23年7月、活動拠点を現在の場所に移す。

慶子会長は、新しいリスクを背負うにあたり、財政的にいままでの”げんきかい”と決別し、改装費など全額個人負担をして、背水の陣を敷く。

各講座の講師謝礼も、[”げんきかい”は、営利を目的としない、参加者相互の健全な親睦と豊かな人生のための学習を行い、参加者相互の研鑽と人とのふれ合いと喜びを分かちあい、微力ながら地域社会に貢献することを目的としたボランティア活動の場であり、参加者からは会場費のみ徴収している]、として講師を引き受けている方へは、本会の趣旨をご理解、ご賛同、ご協力いただきたいと、謝礼は雀の涙ほどのものでお願いしている。

毎回の講座参加者は、年々増えるようになった。またこの10年間に、げんきかいを訪れ、名前を記帳していった人
数は 762名を数えるー平成24年(西暦2012年)7月末現在。

平成24年7月に、”創立10周年と新教室1周年及び前会長を讃える会”が開かれ、関係者40名程が集まり、誠宏初代会長の意思を継いで、”げんきかい”の今後のますますの発展を祈り、誓いあった。

以上、文責:村田勉

NPO法人化

高齢者のたまり場としてのげんきかいの活動ミッションを、次世代につなげて永続化すべく、令和元年(西暦2019年)4月1日、NPO法人化した。タウンニュース

また、より広いスペースを求めて、令和2年(西暦2020年)4月、同じライオンズプラザビル内1階207号室から205号室へ移動した。

いま

社会の高齢人口の増加に伴い、「賭けない、飲まない、吸わない」という健康麻雀が、高齢者の支持を得ました。これは、1985年ころの麻雀ブームとは異なる位置づけで、女性からも支持を受けました。

その魅力(効果)は、社会性脳活性化という二つです。

  • 社会性: 麻雀教室に通うことで、仲間が作れて、楽しく会話する時間を過ごせます。男性は、以前の職場の社会的関係がなくなり、下手するとうつとか引きこもりがちになるかもしれません。女性は、無口な旦那がいつも家にいることで窒息する思いをしているかもしれません。外出し、同じ興味を持つ仲間と楽しく過ごす、これが一番の魅力です。
  • 脳活性化: また手先を使い、状況を読んで戦略を練り、点数計算もするという頭脳ゲームなので、介護予防・認知症予防ばかりか、リハビリにも、なります。麻雀は4人で行うので、囲碁や将棋が1対1の頭脳ゲームであるのに対し、より社会性が高いといえます。そして、この社会的な触れ合いは、認知症予防に役立つといわれています。

このように健康麻雀は、介護予防に効果的な要素を備えています。この二つの魅力により、参加者が順調に増加しました。げんきかいは、500円という手ごろな参加費用を維持したこと、初心者麻雀教室があって入りやすいこと、が参加者の増加を後押ししました。

2020年には、コロナウイルス感染症対策のため、同6月から、感染対策を実施しつつ、活動内容を絞り、健康麻雀・初心者麻雀教室の参加人数を制限しながら、運用しています。

参加人数経年変化

以上、文責:佐藤良治

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